Call a Spade a Spade

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傷つけられたくない気持ち

 最近読んだ本の中に、「傷つきたくないけど、誰かそばにいて欲しい」というフレーズがあって、ドキッとさせられた。これってまさに自分のことかも!と思ったから。
 でも、その本には続けて「自分を理解してもらうには、まず相手のことを理解しようと努力しないとダメです」とも書いてあった。でも、自分はちょっと違うことも思った。
 僕を含めて、自分でも自分のことをなかなか理解できない人は決して少なくないんじゃないかなって。でも、自分が今の自分を知らないと、相手も自分も混乱してしまうかも。
 人には優しくできるのに、自分に優しくできない人がいる。それは、自分の外に自分の姿を追ってしまうから。人に依存してしまう人も同じだと思う。
 まずは、自分を知る努力をすること。かっこいい部分もかっこ悪い部分も、自分が本当は何を求めているのかも。
 それから相手を理解しようと努力しても、それはそれで決して遅くはないと思うんだ。
 
 
 
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自分をつかまえる

 自分を理解するのは意外と大変だ。自分ではわかっているつもりでも見えてない部分があったり、本人より友達や家族の方がよく知っていることさえある。
 自分を知る、ということは、とりもなおさず自分の弱い部分や見たくない部分を直視して受け入れるということだ。
 児童文学の「ゲド戦記」では、主人公のゲドが自分自身の闇の部分を受け入れるまでの苦難が象徴的に描かれている。また、エンデの「果てしない物語」では、試練として自分の本性が映し出される扉を通り抜ける場面が登場する。
 誰でも自分の本当に弱い部分は見たくないし、認めるのはつらい。それでも、そこから目を背けてはいけないのは、受け入れなくては何も変わらないし始まらないからだ。
 自分が何者か知る、ということは、一度きりの人生を他でもない自分自身として生きていくために必要なんだ。 

不安と猿

 不安てのは逃げれば逃げるほど大きくなる。かといって、見つめすぎても呑みこまれる。
 逃げると不安が大きくなるのは、不安の正体が分からずに恐怖が想像で膨らんでしまうから。近づきすぎると囚われるのは、不安しか目に入らなくなってしまうから。
 そんな不安と向き合う方法は、猿に襲われた時の対処法と少し似ている。猿の目を見つめないように視界に入れて、猿が立ち去るのを待つ。かなり以前にテレビで見たけど、猿ってのは目を合わせても襲ってくるし、背中を向けても襲ってくるらしい。
 もちろん、不安は猿とは違って自ら立ち去ってはくれないし、正面から向き合えるならそれが一番いい。
 ただ、不安とも猿ともなかなか正面から戦えないという人は、少し距離をもって斜め向かいぐらいから向き合い始めればいい。
 不安は誰の中にもある。大きくするか、自制するかは自分次第。

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